派遣の歴史
派遣の歴史は、「歴史」というのも違和感を感じるほど短く、20世紀の後半に入ってからだと言われています。
歴史が浅いということ
派遣会社の歴史が浅いということは、法整備がされていないことと同じです。そのため、どうしてもこの法律を知らないと問題が起きることもあります。それは「法律と派遣」で説明します。
派遣の始まり
現在の派遣という業務の形が日本で生まれたのは、アメリカのマンパワー社が日本法人のマンパワー・ジャパンを設立したとされる、1966年だと言われています。
それ以前も日本には江戸時代の頃から人足貸し、人貸しと言ったような、建設業などを中心に労働力の派遣が行われていたそうですが、その頃では、二重三重の又貸し派遣が当たり前のように行われていたそうですし、法律の規定もありませんでしたから、給与も不当に多く差し引かれ、派遣される労働者の環境は最悪だったそうです。また人貸しを行う業者にも怪しい所が多く、日本における人貸しは、長い間社会的に全うではない商売とされていました。
それが変わるきっかけが、マンパワー・ジャパンの設立だったのです。マンパワー・ジャパンは、まず日本にあるほかの外資系会社への事務職派遣を始めて、国内の商社や銀行にも手を広げていったのです。それを追うように、1973年にテンプスタッフが設立されて、その後も現在では大手となっている、パソナやアデコなどの派遣会社が現れていきました。
しかし、当時の日本は派遣業という新しいタイプの業態はなかったため、違法となっていました。派遣業とは派遣されるスタッフが派遣元と雇用関係を結んだまま、派遣先で業務監督を受けるものなのですが、この関係の中で言う派遣元の存在が違法だったので、認められていなかったのです。そこで、当時の派遣会社は業務の監督なども派遣会社が行うことで、請負業の形態を擬似的に取るといった形態だったようです。
その後、この新しいタイプの業態の派遣業が認められ、1986年には労働者派遣法が制定されました。マンパワー・ジャパンの設立から実に20年後のことでした。この時点で派遣が許されているのは、専門的な13業務でしたが、その後は26業務(現在の専門的26業務)に緩和されて、さらに、1999年には現在のような「禁止業務以外のすべての業務に派遣できる」というところになっています。
以上が日本における派遣業の大まかな歴史です。不況期である1990年代に規制緩和により大きな業績が上がった背景には、リストラがありました、不況で喘いでいる企業があらゆる業務で経費が低く、リスクも抑えられ、短期の雇用が可能な派遣社員を求めたのが理由です。つまり、派遣は企業側にとっては都合のいい働き手とされて、急激に普及していったのです。この点は今も変わっていません。
しかし、今では偽装請負の横行や、「働く貧困層」と言われるワーキングプアに陥る若者の急増も社会問題化しています。派遣会社が世の中に広めた、アウトソーシングと言った見栄えのいい言葉とスキルを活かせて時間を有効活用できるスタイリッシュなイメージは、一部の実情とはかけ離れたイメージになっていると言えるのです。
日本での派遣業は法整備が行われてから約20年、マンパワー・ジャパンが設立されたから数えても、半世紀も経っていないのです。社会の状況に影響されて、急激な成長や規制緩和でめまぐるしい変化を見せてきた派遣業ですが、働く側にとっての法律や制度の整備は、これから始まると言えるでしょう。
【PR】→プログラマー案件情報


